コーチング

【過去の話】乳腺炎を乗り越えた話

今までの過去の記事は、メンタルコーチとしての考えや行動を載せていますが、

興味を持ってここに来てくださった方にもっと私を知って欲しくて気まぐれなタイミングですが、どんなことを乗り越えて今に至るのかBlogに載せて行きたいなと思い突然ですが投稿しました。

こんな私でも、たくさんの経験から少しでも共感・励ましになって私を身近に感じてほしいです。

そんな今回は、子育て中の【母乳育児の話】

乳腺炎の辛さ

2010 私が21歳の時。初めの出産。

元気な女の子が生まれたその瞬間から休むことなく始まる子育て。それは、「授乳」です。
痛む体に耐えながら、私たち母親は我が子のために慣れない手つきで抱きかかえ授乳をします。

「母乳が出ない」「母乳は出るけど飲んでくれない」「張って痛い」そんな悩みを抱えながら。

私は、母乳も出るし子供もしっかり飲んでくれたから、正直何も心配のない母乳育児のスタートをきれることができました。毎日3時間おきに母乳。
夜中もアラームをつけてしっかりあげてた、そんなある日。

1ヶ月検診も無事に終えた日の夜。親子共々、疲れきってしまったのか5時間寝てしまい胸の痛みで起きた時はもう遅かったのです。

胸はパンパンに張って痛みがあったところは、赤く腫れ上がりガチガチに硬くなっていました。
(怖かった、、ただただどうしていいか、わからなかった。泣)

お産した病院に連絡をして助産師さんにやってもらったマッサージ。2時間だったかな。激しいマッサージ、、ううん。あれはただ、硬くなった乳腺をほぐそうと擦ってただけ。痛くて痛くて、隣では飲みたくても飲めなくて泣く我が子。(そうだよね。詰まった母乳なんて美味しいはずがない)

抗生物質をもらって帰宅。

 

桶谷式マッサージ

処方された薬で良くなるわけでもなく、赤い腫れは引かない。痛みもあるし、子供も片方しか飲んでくれないのです。

お産した病院で解決できないなら自分でなんとかしなきゃ。って怒りと動揺と焦りでひたすらネットで調べました。

そんな時に、出てきたのが「桶谷マッサージ」

「痛みもないマッサージで、助産師しか取得できない資格」

これだ!って思って近所の母乳育児相談室に連絡しました。(これで痛みの辛さから解放される!)腫れあがった胸に当たる車のシートに耐えながら車を走らせました。(尋常じゃない痛さなんだから、、泣)

埼玉にある母乳育児相談室。先生はとても腕が良いいから評判がすごく良いのは間違いない。ただ、めちゃくちゃサバサバしてて怖い、、って思った第一印象。笑

今でも鮮明に覚えてる。胸を見た先生の顔。

「あ〜なるほどねぇ、、ん〜これは、、、。」

でしょーね!!笑

まだ20歳そこそこだけどこれがヤバイ状態くらい分かるレベルだもの。泣

ママが危機的状況なのに、我が子はこの時からもはや無駄泣き全くなし。肝が座ってるというか、、子供に対しての心配がないから治すことにしっかり向き合えたことに感謝。

胸の根元からほぐしてくれるから痛みとは無縁。助産師さんだから、子育ての悩みとかたくさんの話を受け入れて聞いてくれます。精神的にも救われたのは事実。この療法に出会えたのは本当に嬉しかったし、どこにも頼る場所がなかった当時だからこの出会いは大きかったです。

それから毎日通ったけれど、そこでもどうにもならなくて埼玉の桶谷で1番の先生がいる所沢へ行きました。

・・・・・ダメだった。その先生でも手に負えなかった。

発症して1週間経ったころ。痛みを早く取るために、子供にしっかりと母乳を飲ませるために、覚悟を決めました。

乳腺切開

「乳腺科」があるのはご存知ですか?きっと同じような悩みの患者さんがほとんどだと思います。

私が紹介してくれたクリニックの先生は、都内のクリニックで手際も良く、術後の傷跡も綺麗。(場所、、忘れた。笑)

(所沢からそのまま子供と母と担当の助産師さんに付き添ってもらって自分で運転したのは、桶谷に通うたびに先生が話す今でも伝説の話。)

部分麻酔をして、数ミリ切開して古くなった母乳を出す。

切開することに何も抵抗ありませんでした。お産が「帝王切開」だったから、体にメスを入れることに、傷跡を残すことに何も迷いはありませんでした。早く痛みから解放されて、通常の母乳育児生活に戻ることが望みだったから。

実際に切開してその穴に短い管を刺してガーゼを当てる。そこから自然と溜まった母乳を出す方法の処置をしました。

「、、、え。この状態で私また運転して埼玉まで帰るのか。」となんか、そこで無駄にメンタル強くなった気がする!笑

おかげで数日後には、痛みも、腫れもなくなりました。何より、傷跡が本当に綺麗で、ケロイド(みみず腫れ)にもならず、今はむしろどこを切開したのかわからないくらい!!

アフターフォローは、最初にお世話になった先生のところでケアをしてもらいました。1週間に1度の通院。食事の制限も大変でした。

♦︎お正月のお餅はNG

♦︎春の筍NG

♦︎クリスマスのケーキNG

♦︎小麦粉(パン好きには地獄)油物NG

おっぱいを作り出してしまうから。アクや油が強いものも母乳の味を落としてしまいます。そうすると、まずくて子供が母乳を飲んでくれなくなります。

辛かった〜〜徹底が。でも、【今しかない子育て。一生のうちの数ヶ月〜数年。目の前のこの子に私ができること、してあげたいこと】って自然とこの頃からまだまだ成人したばかりの未熟な人として、母親としての強さや責任感が成長していたのは間違いありません。

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母乳育児には記事のはじめの方にも書きましたがそれぞれの悩みがあると思います。

私は、桶谷に出会えたことは本当に良かったと思います。しかし1つ言えることは最終的には、乳性炎を治せるのは医療スタッフでも私たち母親でもなくて、「目の前の我が子」だということです。子供が、たくさん飲んでくれることで乳腺がしっかり開通してまた新しい母乳を作れるようにしてくれる。どんなに、医療的処置で解決してもそのあと、子供が飲んでくれなかったらきっとまた乳性炎を繰り返していたと思います。

私を救ってくれた最大の先生は、我が子です!そのためにも、食事制限はもちろん規則正しい生活を母乳育児中の私たちが最低限のできることなのではないかと思います。

最後に、、

3年後。

桶谷式断乳方法で、無事に母乳育児終了!
立派な「おけたにっこ」で卒業しました!(桶谷式の母乳育児で育った子供を桶谷っ子と言います。)

賞状です!

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子育てをしていると、私たち母親・父親にしかわからない経験・辛さ・苦しさはみんな必ずあると思います。
けれど日々の子育ての忙しさにそんな想いに向き合っている暇がないのもわかります。

悩んでも誰にも相談できないこと、誰に相談して良いか分からない時ありますよね。

もしかしたら、私はこんなに鮮明に当時のことを書く必要がないのかもしれない。
けれど、この経験をとどめておくことより全てを伝えて、同じ苦しさや大変さを共感できるなら、私はそんな人たちに寄り添いたいと思っています!!

 

長い記事を読んでくださりありがとうございます!
私は、実は人生楽しいことばかりではありませんよ。笑
辛い経験たくさんしています。

それは今だから経験として宝物になっているだけ。(そう気づかせてくれた人がいました。)
また、気まぐれにみなさんにお話させていただきますね。

共感や何か伝えたいこと、聞きたいことがありましたら、是非お問い合わせください!

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